コラムColumn

2021.05.11法人法務

新型コロナウイルスワクチン接種に関し押さえておくべき労務上の問題点

日本国内でも,本年5月から,高齢者へのワクチン接種が本格的に開始されます。ワクチンが不足しているとの報道もありますが,5月10日以降,毎週8000万回分以上のワクチンが出荷され,また,5月下旬からはモデルナのワクチンも出荷が開始され,接種スピードは加速していきます。政府の掲げる1日100万回接種の目標が実現されれば,働く世代である65歳以下も,早ければ7月にワクチン接種が開始されます。ワクチン接種が開始され,従業員の接種も間近になった今,ワクチン接種に対し,企業がどのような備えをしておくべきか,法的論点を整理しました。

1.ワクチン接種を義務づけることの可否

ワクチン接種に限らず,医療行為を受けるかどうかという判断は,高度な自己決定権に属する事項であり,従業員個人個人の判断を尊重すべきものと考えられます。国が,国民に接種を強制することは,もちろん許されませんし,雇用関係において雇用者が従業員に対し,ワクチン接種を強制することはできません。ワクチン接種の有無を理由として,就業内容を制限することも,差別的な取扱として認められません。
経済活動の回復のために一人でも多くのワクチン接種が望ましく,企業として,従業員にワクチン接種を推奨することは必要です。しかし,推奨が,「事実上の強制」と受け取られないよう,推奨と併せ,ワクチン接種は自己判断であること,及び,ワクチン接種をしないことで不利益な取扱をしないことを併せて周知するとともに,従業員に対し「ワクチンハラスメント」を行わないよう注意喚起を行う必要があります。
また,義務づけがない場合でも,上司や同僚などからワクチン接種をしないことを非難されるなど,いわゆる「ハラスメント」と受けたれら場合には,事業者に対し慰謝料請求など,法的責任追及がなされる可能性があります。ワクチンに反対する従業員が,ワクチン接種をする従業員を非難することも「ワクチンハラスメント」です。ワクチンを接種する,接種しない,どちらも個人の意思を尊重する環境構築が必要です。

2.ワクチン接種を採用の条件とすることの可否

上記の通り,既存の従業員について,ワクチン接種を義務づけることはできませんが,採用に際しては,企業の広範な裁量が認められており,ワクチン接種を採用の条件とすることができる可能性もあると考えられます。
民間企業における従業員の採用においては,労基法第3条の適用範囲が問題となった最高裁昭48年12月12日大法廷判決に従えば,一定の思想信条等を理由に採用を拒んでも違法ではないとされています。この判例からすれば,ワクチン接種の有無で採用を判断しても,直ちに違法にならない可能性が高いと言えます。
ただし,高度にプライベートな事項であるワクチン接種を採用の条件とすることが,社会的に許容されるかは別問題であり,法的に違法とならないとしても,社会的に非難される可能性があることは十分に考慮する必要があります。

3.ワクチン接種のための休暇

ワクチン接種は,従業員個人個人の判断によるものであり,企業が従業員にワクチン接種のための休暇を与える義務はありません。もっとも,企業が,ワクチン接種を行うために従業員に特別の休暇を与えることは,問題ありません。
また,上記1で,ワクチン接種の有無で差別的取扱をしてはならないと書きましたが, ワクチン接種を推奨する方策として,このようなワクチン接種休暇を与えることや,特別手当を出すなど,合理的な範囲でインセンティブを与えること自体は,ワクチン接種をし
ない者に対する差別にはならないと解されます。

4.副反応と労災保険

ワクチン接種を受け副反応が生じた場合の労災保険の適用について,現時点では,医療従事者や介護事業の従事者については,業務のために接種の必要があるものとして,労災保険の適用とされる一方,それ以外の業種については,原則として,適用しないとされています。
ただし,スーパーのレジ係など,多くの不特定多数と接する職業などにおいては,必ずしも,業務のためのワクチン接種の必要性が否定されるものではありません。個別判断となると思われますが,労働環境や,雇用主からのワクチン接種の推奨状況等を総合的に判断し,労災保険の適用がされる余地があります。
なお,本稿執筆(5月11日)時点で,労災給付による救済が必要であるような副反応が生じたという事例は,国内では確認されていないようです。この点をあまり心配する必要はないかと思われます。

当事務所では,今後本格化するワクチン接種に対応し,ワクチン休暇制度の導入,ワクチン接種の強制とならないワクチン接種勧奨,ワクチン接種をめぐる従業員間のハラスメント防止のための体制についての御相談に応じております。

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